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![]() 某食肉会社の<飛騨牛偽装>の問題で、 食に関する偽造・偽装問題が、連鎖的に暴かれているこの頃ですが・・・。 「消費者をなんじゃ思うとるんじゃ!」 という怒りはもちろんのこと。 私は 「っていうか、命をなんじゃと思うとるんじゃろうか?!」 の怒りのほうがそれを上回る。 <飛騨牛偽装>に関して・・偽装した側がもちろん悪い。 古い肉を混ぜ込んでミンチにするなどの行為も、消費者をバカにしているにもほどがある! (責任を回避しようと、もがく社長の姿にも情けなさを感じたし) だけど、この問題は 「飛騨牛だと高値で売れる」 という「消費者の持つブランド志向」につけこんだ一件ではないのか??と、感じたとき。 「根強いブランド志向が消費者の中にあること自体、問題なんじゃなかろうか?」 と思ったわけで。 「ブランド・飛騨牛肉」も「ブランド名のない食肉牛」も同じ命なんですけど? 命をいただいていることに違いはないんですけど・・・・?? 私のひっかかりは、そこにある。 給食のときに生徒が「いただきます」ということに クレームをつける親がいるほどだから。 「命をいただく」という意味が、薄れているには違いない。 (※「お金を払う側が、なんでいただきます言わんといけんのじゃ」と 学校側にクレームをつける親がいたとかいないとか・・・) そちらの闇に不安を感じる。 というのは、最近、 新聞の折込で入る、ペットショップやホームセンターのペット広告にも 嫌悪感と怒りを感じていたところだったので。 私には、ペットショップのショーケースにいるワンやニャンの瞳と 動物愛護センターにいるあの子たちの瞳が重なって仕方ない。 食の問題と、ペットの問題は違う・・・いっしょに考えるのはおかしいのでは? と、思われる人もいるかもしれないんだけど。 そうかな? 私は、全然違う問題ではないと思うんだ。 例えば。 私は最近まで、ずっと勘違いをしていたことを知った。 「ペットを飼えば、命の大切さを、自然に学ぶ機会を得ることもできるだろう」 と思っていた。 確かに多くの家庭では、そうした過程を経て命の大切さ、重さを学ぶ機会を得る。 けれど、愛護センターには 「ペットショップで買ったけど、飽きたからもう要らない」 と連れて来られる命が、少ない数ではない、と知ったとき。 例えば、その親の姿を見て、その子どもはその親からなにを学ぶのだろう? 「命の重さ」は学ぶことはできない。 むしろ、その逆だとしたら・・・恐ろしい教育ではないか。 こうした例を見ても、人が持つ「ブランド志向」が暗い影をおとす。 人の都合(私利私欲)で繁殖され、買われ(飼われ)、 消費される命(または捨てられる命)が、氾濫している現実を しっかり認識して、考えてゆきたい、と思う。 かなーりかなり、難しい問題。 闇の深い問題ではありますが。 ●『珠玉の小箱』は に参加しています●写真登録サイト「Zorg」 http://www.zorg.com/photo/takapon731/ ●mixiURL http://mixi.jp/show_friend.pl?id=631129
by takapon731
| 2008-06-28 08:16
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